天神川(岐阜市)<計画・実践編>

これより以下の取り組みは、RIVER FRONT誌に記事としてまとめられています。PDFでダウンロードできます。(原田)


小さな自然再生までの経緯

天神川は、岐阜市の北部市街地を流れる、長さ数kmほどの中小河川で、昭和51年の長良川流域の大水害以降、大規模な改修事業が進められ、合流先の河川から順次川底を下げて、両岸に護岸を設置する工事が進められました。これにより、洪水に対する安全性は飛躍的に高まりましたが、水面がかなり低くなり、近づきにくい川になりました。このような改修は、日本全国の中小河川で普通に行われてきたものです。

しかしながら、天神川では改修以前から地元活動団体が熱心に活動しており、改修時には河川管理者と話し合いを重ねて、川沿いの土地利用に合わせた河川利用を提案したり、改修後も、地域の子供たちを対象とした環境学習や、河川管理者の協力を得て、小さな自然再生的な取り組みを進めてきました。その結果、天神川は、大人は川沿いを散歩し、小学生が平日の放課後に魚採りをしている姿が普通に見られるような、地域住民に広く愛される川となっています。

小さな自然再生の対象は、改修区間の上流端に近い箇所にある落差工で、落差が最大1.3mあり、水生生物の移動阻害を生じていました。地元活動団体では改善が困難で、河川管理者に改善要望が出されていた箇所でした。

河川管理者側でも対応を検討していたものの、上流側に未改修区間を残している状態で、改修済みの扱いである本箇所に、魚道等を追加で整備することには積極的になれない状況でした。また、現場が住宅地を流れる深い川で進入路もなく、工事も簡単でないということもその一つの理由でした。このような、過去に改修された箇所の今日的な課題に、工夫して対処することは、岐阜県版小さな自然再生の趣旨に合致するものであったため、この落差の解消に取り組むこととなりました。


平成25年8月 事前生物調査

研究会が例年実施している、魚類調査法の勉強会を兼ねて、事前の生物調査を行いました。予定している事後調査と比較するため、落差工の上下流で調査を行いました。地元活動団体が継続的に実施してきた調査結果が大いに参考になりました。


平成25年9月 現地検討会(目標設定)

研究会会員宛てに募集を出し、希望者による現地検討会を開催しました。対象河川の状況を把握するため、上流から下流までを視察した上で、課題となっている落差工の状況を確認しました。

ワークショップでは、参加者から、落差工の解消のために沢山のアイデアが出されましたが、一方で落差を解消する目的や対象とする生物といった目標設定で紛糾しました。仮にこの落差を解消しても、上流区間には別の落差が存在する状況を踏まえ、そもそも意味がないのではといった厳しい意見も出されました。議論の結果、そのような状況であるからこそ、大々的な落差工の改修ではなく、小さな自然再生による簡易的な魚道を設置するという方針で、ひとまず意見の一致をみました。併せて、対象とする生物種についても、魚類に限らず、両生類・爬虫類も登攀可能であることを目標に設定しました。


平成25年10月 現地検討会(工法検討)

目標設定を受け、具体的な落差解消方法について、現地検討を行いました。現地で手際良く落差工周りの寸法を計測した上で、かなり具体的な提案が、使用材料、留意事項等とともにホワイトボードに書き出されていきました。参加者は普段、建設業や設計会社で仕事をしている技術者が多いため、専門性の高い議論を行うことができました。

検討の結果、既設の根固めブロックの一部を積みなおし、ブロックと既設のコンクリート構造物との隙間に、簡易な魚道を構築するアイデアがまとまりました。前回の現地検討会と比べると、相当なコストダウンが図られており、しかも洪水に対する安全性が高い提案になりました。しかし、簡易魚道を左岸側と右岸側のどちらに設置すべきか、参加者の意見は完全に割れ、ここから先の合意形成をワークショップで行うことは困難になりました。そのため、参加者から有志を募り、有志で最終案に向けた検討を行うこととしました。


平成25年11月 有志による簡易設計の実施

有志4名(コンサルタント技術者2名、コンクリート二次製品メーカー技術者及び筆者)で最終案に向けた検討を行いました。最終案に至るまでの検討は容易なものではなく、特に、どこまで設計をまとめるべきかの加減が難しく、有志メンバーを悩ませました。

河川管理者である県土木事務所と何度か相談し、小さな自然再生の趣旨に照らして、「工事発注でき、現場で施工できる最低限の設計」に留めることとなり、最終案がまとまりました。最終案は、既設根固めブロック10個のうち3個を積み直し、その隙間に現場打ちコンクリートを使った簡易魚道を設置する案になりました。


平成26年1月 最終案を河川管理者に提出

最終案は、岐阜県自然共生工法研究会から、河川管理者である県土木事務所に、「提案書」という形で提出しました。なぜならば、河川区域内で何らかの作業を行う主体が、河川管理者でない場合、河川法に基づく許可申請が必要となり、何らかの工作物を設置した後の管理についても、責任の所在が不明瞭になります。そのため、河川管理者に対して、課題のある箇所について、研究会から改善提案を行い、河川管理者がこれを受けて、現場の改善に取り組むという形をとりました。

また、現地作業は、可能な限り研究会会員が行うことが望ましいと考えていましたが、簡易魚道の土台部分については、河川管理者が工事発注して行い、魚道の隔壁などの仕上げは、後日、参加者を募って人力作業で行うこととなりました。


平成26年2月 河川管理者による土台の工事

簡易魚道の土台部分を、県土木事務所が維持修繕工事の一環として施工していただくことができました。詳細な図面はなく、簡単な寸法を示した手書き図面に則り、現場合わせで施工していただきました。


平成26年4月 現地検討会(魚道の詳細検討)

簡易魚道の仕上げに向けて、主に魚道隔壁の形状やプールの深さなどについて、現地検討会を行いました。コンクリートレンガと粘土を用いて、魚道の隔壁を仮設的に設置して、実際の水の流れ方を確認しました。

実際に設置して試すことによって初めてわかることも多く、当初の計画よりもプールの水深を深くとった方が良いこと、プール内の循環流の発生を抑えるためには玉石を投入することが有効であること、越流部の形状を斜めにした方が整った流れになることなどが分かりました。


平成26年6月 現地作業(魚道隔壁の設置)

魚道隔壁の現地検討を踏まえ、河川管理者立ち合いのもと、研究会会員有志や学生も参加して、人力施工により1日で魚道隔壁を設置しました。ブルーシートと粘土を用いて、止水しながら作業を行いました。インスタントコンクリートを現場練りし、建築用ブロックや鉄筋と組み合わせて、手作業で魚道の隔壁を仕上げました。隔壁の越流部の仕上げは、一人一段を担当することとし、型枠なしの一発勝負で製作しました。


平成26年 整備後の状況

簡易魚道を設置した効果は、設置直後から、川遊びをしている子供たちの情報が寄せられるようになりました。魚道の下流端、上流端にはまだ改良の余地がありますが、少し流量が増えた状況では、オイカワ等が盛んに遡上する状況が確認されています。また、改修以前にはイシガメが産卵のために上がっていた場所であったという地元の方のお話を伺い、魚道の対象は魚類だけでなく、カメなどの匍匐型の生物も遡上可能であるように、スロープ部を設けていましたが、実際にイシガメが魚道を這い上がっていたとの目撃情報も多数寄せられています。今後実施する事後調査で、効果がより明確に把握されることを期待しています。

完成後、何度かの出水を受けたもの、魚道の破損は今のところみられません。ただし、プール部に土砂がたまってきており、多少のメンテナンスは必要と考えられます。普段から川遊びしている地元の子供たちに、魚道の管理(土砂やゴミの撤去など)を川遊びしながらやってもらえないか、地元活動団体の方と相談しています。

小さな自然再生を行った副次的な効果として、地元住民の注目度が非常に高まったことが挙げられます。河川管理者によって、地元の回覧板などを用いて、地元に対して取り組みが広報されたことも、関心を高める上で効果的であったようです。

また、本事例に関わったメンバーの天神川に対する愛着が増しただけでなく、(河川管理者含む)メンバーの連帯感、信頼関係が高まったように感じられます。小さな自然再生は、自然環境の再生だけでなく、人と身近な自然、人と人とのつながりの再生にもつながる取り組みであるようです。


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